市橋達也のマンションは今

市橋達也という名前を知らない日本人はいないでしょう。2007年3月26日、その事件は起きました。英会話学校(NOVA)講師、リンゼイ・アン・ホーカーが市橋達也のマンションにて殺害されました。事件の詳細に関しましてはこちらをご覧ください。Wikipedia

市橋達也は大阪南港にて逮捕され、2年7カ月に及ぶ逃亡生活に幕が下ろされました。警察による取り調べ中に警察の言葉に拗ねて絶食を始めたり馬鹿食いを始めたり、お茶の間を楽しませてくれたものです。市橋達也本人は絶食や馬鹿食いに関して報道がされていることなんて知らなかったのでしょうね。刑務所に入っている今でも知らないでしょう。

2011年7月4日、公判が開始され、2012年4月25日、無期懲役が確定しました。現在は2016年7月なので、彼の牢獄生活が開始してからおよそ4年が経過しました。無期懲役の仮釈放の目安は刑執行開始から30年後なので少なくともあと26年間は外に出てきません。

彼の生年月日は1979年1月5日なので、現在は37歳。26年後は63歳になっています。こうなったらもう白人美女を見つけても何も出来ませんね。

事件当時、いろんなテレビ番組でこの事件について報道されていましたが、どこのマンションで事件が起きたのか私は分かっていませんでした。今になってインターネットで何となく調べてみたところ、結構そのマンションは近くにあることが分かってびっくり。さっそく電車に乗ってそのマンションに行ってみることにしました。

まずはJR京葉線の市川塩浜駅にて下車。炎天下で暑いですがそこからのらりくらり歩いて行きます。

市川塩浜駅

この駅が彼のマンションの最寄り駅と言うわけではありませんが、ここから歩いて行くことにします。

この駅のすぐ近くに千葉県行徳警察署があります。

千葉県行徳警察署

千葉県行徳警察署

この警察署が市橋達也逮捕後に取り調べを受け、絶食をした場所です。

この場を後にして、例のマンションに向かって歩いて行きます。警察署のすぐ隣にはラブホテルがあります。

ラブホテル

そのまま歩いておよそ30分後、遂にこのマンションにたどり着きました。

新日本サンライズ

新日本サンライズ行徳です。結構立派な家族向けのマンションです。無職の一人暮らしがこんなマンションに住んでいたなんて、なんて羨ましい。

市橋達也が住んでいた部屋は406号室です。

新日本サンライズ406

新日本サンライズ406

新日本サンライズ406

カーテンすら入っていません。今は誰も住んでいないようです。この406号室はいったいどうなるのでしょうか。そもそも売れるのでしょうか。事件当時は市橋達也の祖父母名義のマンションとのことで、私の予想では名義はそのままではないかと思います。誰も買う人はいないでしょうから。そして今でも管理費と修繕積立費を毎月払いこむはめになっていると思います。それから税金も。

このマンションに、特に406号室の隣や上下に住んでいる人達はどう思っているのでしょうかね。相場の値段では売りたくても売れないマンションになっているのかもしれませんし。

この写真はマンションの正面です。

新日本サンライズ行徳

私は関係者でないのでマンションには立ち入っていません。

新日本サンライズ行徳

この写真の中央あたりが406号室です。

このマンションの周りを歩いてみましたが、もうなんの事件の名残もありません。もう住民は思い出したくもないのかもしれませんね。せっかくの立派なマンションの資産価値を暴落させられたわけですし。

さて、あまりいい写真は撮れないと判断し、このツアーを終了することにしました。このマンションの最寄り駅である東西線の行徳駅にやってきました。

東西線行徳駅

う~ん、あまり住みたいとは感じない街ですね。ということでこの記事はここまでです。

【ヤバい街】新宿歌舞伎町での散歩

新大久保で散歩した後、その足で新宿歌舞伎町に行くことにしました。歌舞伎町はかつて東洋一の歓楽街と呼ばれ、キャバクラ、パチンコ、風俗がとても多く店を構え、少し歌舞伎町の中を歩いただけで何人ものポン引きが声をかけてくる。ヤクザ、マフィアが闊歩して歩く光景が見られました。2003年、当時の石原慎太郎都知事により「歌舞伎町浄化作戦」が行われ、ほとんどの風俗店が閉店させられました。では、本当に歌舞伎町から風俗店はなくなっているのでしょうか。またヤクザは歩いていないのでしょうか。実際に歌舞伎町に入って見て、確認しました。

歌舞伎町さくら通り

歌舞伎町にはいわゆる雑居ビルが密集しています。

歌舞伎町

なぜかハングルで書かれた看板が多かったりします。「国際交流」、「アリラントラベル」、「新宿純福音協会」・・・。末期もいいところです。

歌舞伎町内に入ってまず目に入ったのがこの人。

歌舞伎町 ホスト

ホストですよね。ヒールの高いシューズを履いていそいそと歩いていました。

悪質な客引きに注意

「悪質な客引きに注意」新宿警察署。稀に歌舞伎町でぼったくりの犯罪行為についての報道を目にします。報道だけではなく、私の知人からも歌舞伎町でのぼったくりの被害について聞くこともあります。それだけこの場所は危険なのです。いまだに。

無料案内所

「無料案内所」の看板が出ています。中には「写真見学」の看板もあります。歌舞伎町浄化作戦で性風俗はなくなったはずですが、無料案内所があるようです。やはり条例の網の目を掻い潜ってデリヘルという形で営業しているのでしょう。歌舞伎町性風俗なのか、キャバクラなのか、よく分からない看板が出ています。

歌舞伎町

無料案内所が次々に出てきます。

DVD観賞

DVD観賞も多いですね。しかし今時DVDって…。DVD画質で満足してくれる客はいるのでしょうか。それともDVD観賞だけでなく、別のサービスも用意されている?ぼうず頭の輩が闊歩しています。飲み屋のポン引き風ですね。歌舞伎町 客引きスーツを着た男が立っています。この男は私には声をかけてきませんでしたが、恐らくは性風俗の勧誘の人でしょう。左側にソープランドの看板が出ています。もしかしたらそこの客引きなのかもしれません。

歌舞伎町の中を歩いていて、3人の男に性風俗の勧誘を受けました。しかし、あからさまなヤクザは見かけませんでした。もちろんヤクザ関係者は多数いると思いますが。

歌舞伎町の中を歩いていて一番気になったのは、実は性風俗店やその勧誘ではありませんでした。実はみすぼらしい恰好で道に突っ立っている男をバラバラに数名見かけました。飲み屋のポン引きや性風俗の勧誘ならそれなりの服装をして歩いている男に声をかけています。しかし、そのような服装をせず、ジーパンを履いてみすぼらしい恰好で立ちつくしています。誰か飲み仲間を待っているようでもなく、一見何を目的に立っているのかがよくわかりません。そのような人を数名見かけました。私はその光景を見て、ある直感がありました。もしかして薬でも売っているのではないでしょうか。確証はありませんが。

写真撮影のため、明るい時間帯に歌舞伎町を訪れましたが、夜はどのような様相を見せるのでしょうか。飲み屋のポン引きに声をかけられまくるのでしょうか。2020年のオリンピックの向けて歌舞伎町浄化作戦第2弾が行われてほしいところです。石原都知事の歌舞伎町浄化作戦だけでは不十分だと思います。

以上、歌舞伎町レポートでした。

【ヤバい街】新大久保での散歩

数年前までは韓流ブームの真っ盛りで、韓流のメッカ新大久保は相当な盛り上がりを見せていました。現在はブームも去り、ネットでは韓流の街からただの外国人街になりつつあるだとか、韓流の店が潰れて行くだとか、いろんな噂が出ています。裏道に入ると立ちんぼが現れたりするという記事も見かけますが、一体どうなっているのか、実際にその場に行って確かめてみることにしました。

2016年のGW、電車に乗り、JR山手線新大久保駅で下車。下車した瞬間から違和感を感じました。自分の周りで話されている言葉が違うのです。聞こえてくるのは韓国語だけ。もしかして、日本人がこの町に集まっているのではなく、韓国人が集まっているのかもしれないと感じました。

そして駅を出ました。

新大久保駅そして駅の正面にはこのような建物があります。

新大久保

ハングルがとても多いです。ハングルが多い、というのは、お客さんは日本人ではない言うことでしょうか。

この日はGWだったので、思いのほか、多くの人がこの町を訪れていました。ただ、日本人が少ないのです。ここを歩いている人の半分は外国人のようなのです。日本人が、韓流を求めてこの地にやってきているようには見えません。

それでは、この日撮った写真をいくつかお見せいたします。

新大久保

喫茶店のような見せにお客さんが入っています。

新大久保

韓流百貨店。韓流ブームが去った今でもちゃんと雑貨屋は残っているようです。

新大久保

裏通りに入っても韓国だらけ。

新大久保

ベトナムフォーという店が出来ています。いつ出来たのでしょうか。以前は韓流の店があったのでしょうか。

韓日不動産

韓日不動産。明らかに客は日本人ではないといった感じの看板ですね。チョンガーネ韓流ブームが去って、新大久保は韓流の店が続々閉店し、他の外国の店が出ていると岩佐を聞いていましたが、それでも一番多いのは韓国の店でした。たまにベトナムフォーの店が出てきたり、ケバブの店が出てきたりしますが、韓国以外の店はそうは多くありません。

この日はGWだったので、そこそこ人が多めでしたが、日本人が韓流目当てで新大久保を訪れているように歯見えませんでした。

まだ明るかったためか、ネットで噂されている韓国人の立ちんぼも出現せず、特に治安の悪さは感じられませんでした。

そのうち、平日夜にでもこの地を訪れて待ちの状況を再確認したいところです。

実はこの後、新宿歌舞伎町にも訪れています。

それについては次の投稿で書こうと思います。

朝鮮人街 川崎 池上町に単独突入

ネット上で朝鮮人街として有名な(?)川崎の池上町、私も衝動を抑えきれずに訪れてきました。

第二次世界大戦が終了したのは1945年(昭和20年)で、2016年の今まで70年以上の月日が流れています。それまでこの周辺で働いていた朝鮮人がこの地に集結し占拠したのでしょうか。製鉄所(現JFE)の近くが仕事がある一等地だと思ったのでしょうか、よくわかりませんがなぜかこの地に集結したのです。終戦当時は朝鮮は一つの国で南北に分かれておりません。現在は北朝鮮と韓国に分かれていますが、現在ここに住んでいる人達は、一体どちらに所属しているのでしょうか。きっとここの住民は地に足がついていない生活をしているんだろうなと想像しながら、この地にカメラをもって向かいました。

場所はここです。


 

航空写真はこのありさまです。

池上町航空写真この地を目指してJR川崎駅まで向い、そこからバスに乗りました。

バス内の電光掲示板バスの中の電光掲示板にはしっかりとハングル表示がされています。これだけ川崎にはあっちの人が多く住んでいるということなのでしょう。と言ってもハングル表示が必要なのはニューカマーといって戦後のどさくさに紛れて住みついた不法入国者や密航者(オールドカマー)ではなく、1980年代以降に日本にやって来た韓国人の長期滞在者です。これから見に行こうとしている池上町のスラム街はオールドカマーの巣窟です。オールドカマー達は日本語で生活出来ますし、そもそもハングルが理解できるかも怪しいです。

池上町というバス停にてバスを降り、そこからスマートフォンで地図を見ながら目的地に向かって歩き始めました。バスから降りた場所はJFEの工場に面した道路で、この辺一帯は住宅地ではなく、コンビニはおろか、何もありません。あるのはJFEのフェンスのみ。歩いて行くとこんなベンチが出来てきました。

Exif_JPEG_PICTURE便○屋。便利屋でいいのでしょうか。ベンチが何かの宣伝になっていることはよくあります。でもここまでぼろぼろになった宣伝のベンチが放置されているのは見たことがありません。ベンチ、というか、これは2つのイスを結合させて作ったもののように見えます。まだ池上町に着いていないのにかなり怪しげな雰囲気です。

道を歩いて行くと、猫が数匹出てきました。きっと餌をあげている人がいるのでしょう。

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そして少し進むと電柱に花束が置いてありました。

Exif_JPEG_PICTUREこの場で何が起きたのか、察しがつきます。よく見かける光景です。

さらに歩いて行くと公園が出てきました。道を歩くより、その公演を横断した方が近そうなので、公園の中に入って行きました。するとこの公園にも猫がいます。

Exif_JPEG_PICTUREExif_JPEG_PICTUREExif_JPEG_PICTURE公園を歩いて行くと猫が次から次と出てきます。猫おばちゃんが近くに住んでいるのかもしれませんね。公園を横断してしばし歩くと、目的の場所、朝鮮人街に到着です。

まず目に飛び込んできたのがこの光景です。

Exif_JPEG_PICTUREゴミ置き場です。川崎市のごみの収集に関しては私はよくわかりませんが、この日は土曜日なので不燃物の収集はあったとしても、このようなごみの収集はないと思います。いきなりここに住んでいる人達の民度が分かってしまいます。

そして見えてきたスラム街。ここが戦後朝鮮人が占拠し、現在に至っている場所です。

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「無断駐車・・・」の表示を左折して、スラム街に入ることにしました。

そしてこんな看板が転がっていました。

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「犬・・・ン飼・・・犬と飼う資格・・・」

・・・の部分に何を入れれば文が完成するのでしょうか。この看板の状態から察するに、相当前から放置されているようです。誰も片づけないのですね。直ぐ近くにゴミ置き場があるというのに。これかここの住民の民度なのでしょう。そしてちょっと歩くとまた看板が・・・。

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「・・・のフン 飼・・・が責任を」

いやいや、その前に不法投棄をどうにかしろよと言いたいです。

そしてトラックの不法投棄・・・。

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これって不法投棄なのでしょうか。もしかして置いているだけ?置いているようにも見えますね。

そして猫ちゃんのお出迎え。

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この場所に猫ちゃんは数匹いました。きっと飼い猫なのでしょう。首輪はしていませんでしたが。

この辺まで歩いて行くと、カメラを構えることさえ恐くなってきます。カメラを構えたところを住民に見られて、突然襲い掛かってくるのではないか、という恐怖心が出てきました。

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本当にこの場所は廃墟が多いです。

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きっと戦後に占拠した時から一度もメンテナンスされず、そのうち放置されたのでしょう。土地の持ち主は誰なのでしょうか。ちゃんと固定資産税払っているのでしょうか。

さて、ここからの写真ですが、立ち止まってカメラをしっかりと構える余裕がなく、歩きながらピントも合わせずシャッターを切りまくる写真が増えてきます。恐くて立ち止まれないのです。あくまでも住民または住民のお客さんのふりをして普通に歩いていると見せかけて、片手に持ったカメラを、カメラの画面も見ずにシャッターを切るので、写りが悪い写真が続きます。

この場所は通路でしょうか。それとも庭なのでしょうか。自転車が無造作に駐輪されています。

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トタンと扉(?)で隠された物置があります。

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この2階の扉は何でしょうか。

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どうすればこのような扉が出来るのでしょうかね。内側から扉が開かないように細工がされていると予想しますが・・・。下の二つ並んだ扉もとても不自然です。二世帯住宅?中がどのようになっているのか、入ってみたい気もします。

なぜか、このスラム街には手作りの表示(看板?)や貼り紙が多いのです。

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「この道は市道ではありません。私道であり庭です。出来るだけほかの道を回ってください。」

もうちょっと気の効いた書き方がありそうですが・・・。そもそも本当にこの人の所有地なのでしょうかね。でも実際、この辺一帯は道なのか庭なのか分からない場所が多いのです。みんな同胞だし、境界線なんであってないものなのかもしれません。

これだけ道が狭いのに植木鉢を置いたり。・・・。

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しばし歩いて、川沿いに抜けました。

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「ペットボトル 鉄カン ココに入れること」

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ここは公道でしょう。このように公道をあたかも私有地のように使ってしまうのも、彼らの特徴なのかもしれません。これらのカラーコーンは私物ですよね・・・。

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この道路の脇にある物置ですが、この場所は住民の私有地でしょうか。

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ぼろぼろの家があります。アパートなのか、一戸建てなのか、よくわかりません。

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ぼろぼろですが、カーテンが入っているし、エアコンのファンも置いてあります。人が住んでいるのかもしれません。このぼろぼろの建物の横に比較的立派な家があって車が入っている。本当に異様です。

その他、撮った写真をまとめてお見せします。

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いやいや、これだけ狭いのに、どうしてここに家を立てたがるのでしょうか。同胞と一緒に住んでいたいのでしょうか。

家族が道で遊んでいました。明らかに住民です。

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ここの住民は自転車が足なのでしょう。世帯数に比べて車の数が非常に少ないです。

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酷い有様ですね。

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ここは道なのでしょうか。それとも私有地?

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そろそろスラム街の内部は写真をとりきったので、外側から写真を取ることにしました。

 

「池上コインランドリー」

このコインランドリーを見つけた時、中に入ってみるべきでした。残念ながら入らなかったのです。心残りですね。

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「焼肉定食 道飛館」

入る勇気はありませんでした。利用者はここの住民だけでしょうね。

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この地にはこのようなごみ置き場が多くあります。回収されているのでしょうか。

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「大山荘(2棟)現況アパート売ります*貸します。建物売却価格5,130万円」

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この物件欲しいですか?この地にあるこのありさまのアパート、5,130万円で。カオスですよ。

2棟とは、これらの2棟の事でしょう。

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十分写真も撮ったことだし、この辺でこの地を去ることにしました。でも歩きながら、さらにいくつかの写真をとりました。(写りは悪いですが・・・)

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これにて池上町の朝鮮人街を後にしました。

いやいや、スラム街の中を歩いている間は本当に生きている心地がしませんでした。彼らは選挙権があるのかどうか分かりませんが(ないでしょうけれど)やたら公明党にポスターが貼られていたり(少しだけ共産党)、廃墟の横に新しい家が建っていたり、一見普通の人達が歩いていると思えば、浮浪者のような身なりの人が出てきたり、何から何までカオスです。

どうして彼らはこの地に住み続けるのでしょうか。もっと住み心地のいい場所はいっぱいあります。こんな場所に住むくらいなら帰国してもいいと思います。そもそもどこの国に人でしょうか。北?南?こんな場所に住み続けるなんて、ここの住民達は相当なひねくれ者なのでしょうね。

ドラキュラ(アルカード)

ドラキュラの絵を描いたのじゃ。

ネタバレじゃがドラキュラ城の血闘のラスボスじゃ。

ドラキュラ城の血闘 ドラキュラ アルカード
ドラキュラ

この本(ドラキュラ城の血闘)にはヘルシング教授、クリストファー、スッピルバーガー、アルカード、ボルヘ、マッカーシーという登場人物が出るんじゃが、この中の誰かがドラキュラなんじゃ。

「アルカード」のアルファベットはAlucardで、これをさかさまに並べるとDraculaとなる。そんな感じで、ドラキュラはアルカードだったってお話じゃ。

この本は結構面白い。テレビゲームなんかより想像力をかきたてられて読んでいて楽しいからお勧めする。でも今この本売っているのかいな?

ドラキュラ城の血闘 サボテン怪物

この前、ドラゴンファンタジーシリーズの絵を描き終わったので、遂にドラキュラ城の血闘の絵を描くに至ったぞ!この本もわしの宝じゃから思い入れがあるんじゃ。

まずはこの絵。

ドラキュラ城の血闘 サボテン怪物
サボテン怪物

結構上手に描けたと思う。3日程かかったからな。

では次回もドラキュラ城の血闘の絵を描くぞよ。

ゾンビになったマーリンそ怪物たち

何とか、ドラゴンファンタジーシリーズの絵もこれで最後になった。ドラゴンファンタジーの最終巻、ゾンビ塔の秘宝の最後の敵は何と魔術師マーリンなのじゃ。リンゴの木から落ちて死んだマーリンはゾンビになってピップの前に立ちはだかる。ピップに倒され死ぬと、死んでいるはずのゾンビはそれ以上死んではいられないので生き返るんじゃけれど。

グレイルクエスト ドラゴンファンタジー ゾンビ塔の秘宝 ゾンビマーリン
ゾンビマーリンと怪物たち

これで最後じゃが、ここまで書いたので、色をつけるかもしれない。

お楽しみに。